人生滅亡までのカウントダウン

約1年という時間で危機を脱する事はできるのだろうか・・・

映画『君の名は。』への江川達也氏の批判は妥当な物なのか

 たるるーと君や東京大学物語などで知られる江川達也氏の『君の名は。』に対するコメントが炎上したという件がニュースになっていた。江川氏の批評を聞いて的を得ているな、と思う部分もあったけれど客観的にみてどうしても僻みに聞こえてしまうのは仕方のない事なのかもしれない。

 江川氏はもともと書きたい漫画ではなく売れる漫画を描かされてきて、知名度と実績を得て初めて自分の描きたい作品(『日露戦争物語』)に手を付けることができたという思いがあるのだろう。彼はおそらく漫画家であると同時に教育者でもあり日本を憂う人物なのだと思う。つまり売れることは手段ではあっても目的では無かったのである。

 それに対して今回新海誠監督が『君の名は。』でとった戦略は売れることを意識したものであった。監督自身が「自分を知ってくれている人はいるが、知らない人へ作品を届けたい」とインタビューで語っていた。つまり監督自信にまだ知名度が低いという意識があり、その状況を打開する為に大衆受けする作品を作り上げたのだろう。それに対して江川氏が言いたかったことは目的と手段を履き違えてはならないぞ、という事ではなかったのか。売れるのはいいが、そこがゴールではなく自らの作りたいもの、伝えたいものを作ってこそクリエイターである、と。その点においてこれまでの作品の特徴でもあった絵の美しさといういわば根幹は失っていなくともどこか孤高の芸術家を思わせる作風から路線変更をしたような感覚を古いファンは感じているのかもしれない。

 とはいえ大衆受けするポップ路線が悪いわけではなくエンターテイメント作品として楽しければそれで良いという見方もある。文学作品をとってみると純文学と大衆文学、圧倒的に売れるのは後者である。しかし後者はノーベル文学賞の対象とはなりにくい。どちらに価値があるかを決めるのかは作者自身である。もちろん大多数の大衆はお手軽なエンターテイメントを求めるものであるが、それを作者自身が望んでいるかどうかはまた別である。

 しかし監督自身もこれまでの作品との連続性を強調しており、『君の名は。』は路線変更でないとうたっている。一気に知名度を増し売れるというハードルを越えた今、次にどんな作品をリリースしてくれるのかで大きく新海誠監督の方向性が決まってくるのだと思う。それに対して江川氏は売れるというハードルを越えた後の作品が残念ながら市民権を得ることはできなかったという負い目があるのだろう。その先人の失敗譚を後輩に伝えたかったのではないだろうか。つまり「売れてもそれはゴールではなく、本当に書きたい作品を書いて大衆に届ける権利を得たに過ぎない。そしてそこで認められて初めて成功と言えるのだ。」と。